「ハルカちゃん、墓参りって誰の?」
ぼくの隣を歩いていた、サザナミがふいに訪ねてきた。
ぼくとサザナミは朝食を一緒に食べた後、墓参りへと出かけた。ぼくの申し出にサザナミは二つ返事で了承をして、まずは朝食だ!と言った。
そして、クリプタの街を抜け出したころにサザナミは今更ながらに問いかけたのだ。
「……大切な人です」
ぼくはゆっくりと答える。
「大切な人、」
サザナミはぼくの言葉を繰り返すと少しだけ考える素振りを見せてから、何気ない口調で言った。
「うーん……だからハルカちゃんは死にたいのか、」
ずばり、と本心を射抜いたサザナミにぼくは驚きを通り越して呆れて苦笑した。
この人は無神経というよりも悪いと思う感覚が欠如しているのだろうか。それとも、人の嫌がることを喜びにしているのだろうか。後者のほうが有力な気がしてぼくはさらに苦笑した。
サザナミのつぶやきは答えを欲しているものではなかったようなので、ぼくはそれには答えずに黙って歩を進めた。
ぼくらは沈黙のまま歩いた。
流れていく風景が妙に懐かしく感じて、ずっと遠くへ行っていたような錯覚を覚えた。見覚えのあるはずなのにどこか新鮮で、色褪せた街並みが少しだけ愛おしかった。
きみといた街。
きみと歩いた街。
どこかしこにきみが残っている。今にもどこかから現われてぼくに声を掛けてくれるんじゃないかって思ってしまう。
きみが好きだったものがこの街にはあふれすぎている。
メロンパンがとびきりおいしいパン屋
レトロな雰囲気がお洒落なカフェ
やさしいマスターが入れてくれるコーヒー
珍しい本がたくさんある本屋
寂れた映画
館裏路地の猫、
きみとはじめて出会った公園
ぜんぶがぜんぶ愛おしくて、哀しくて、いっそ憎かった。もうなにもかも消えてしまえ、そう思った。でも、それは叶わないことだと思い知ったから、
ぼくが消えようと思った。
世界なんて消えてしまえ、
消えて、しまえ、
風がぼくらの間をすり抜けていく。ぼくらはいつの間にか墓地に着いていた。墓地に着いてからもサザナミはぼくの後を着いてきたが、口は開かないでいてくれた。それはすごくありがたくて今日に限って空気を読んでくれることに感謝した。
ぼくは墓の場所を知らなかったので、ひとつずつ確かめながら歩くしかなかった。でも、たぶんお嬢様だったから豪奢なものなのではと思った。それなら見つけやすいかもしれない。
しかし、目的の墓はなかなか見つからなくてぼくは場所を間違えたのだろうかと心配になりはじめた。彼女はお嬢様だったからこの辺で一番立派な墓地だと思ったのに。もしかしたら、この街ではないのだろうか。
ぼくの中に不安がひしめきはじめたとき、ふと、まだ先に続く道を見つけた。
あ、
予感が走る。あそこだ、ぼくは漠然とそう思った。いや確信した。はやる心を抑えきれずに早足になりながら、ぼくはその道を進んでいった。道は薄暗く木のドームのようだった。そして、木のドームは突然終わり、開けた場所に出た。光が溢れる。眩しくて一瞬目を細めた。
しばらくすると、光に目が慣れはじめて、ぼくはゆっくりと辺りを見渡す。すると、
(え?だれかいる?)
その場所には人影が見えた。彼女の身内だろうか、とぼくは咄嗟に思う。
しかし、眩しさになれた目がその人物を捕らえればそれは違うことがわかった。それどころか、その人物はぼくのよく知った存在で、でも、絶対にここにいるはずのない人物で。
ぼくは驚き目を見開くと、信じられない思いでその人物の名前をなぞった。
「……レ、イ?」
そこには、よく見知ったきれいな少年が立っていたのだ。
「お、まえ……?」
声を聞いた彼が振り向く。ぼくとレイの視線がからまる。お互いに動揺を刻みつけた瞳は大きく揺らいでいた。
「おや、レイくんじゃないか」
遅れてきたサザナミも意外な人物との遭遇に驚いた声を上げた。
「サザナミ、おまえも、なんで、」
震える声はうまく言葉を紡いではくれなかったようで、レイは言葉を途切れさせた。しかし、それでもぼくらにはレイの言いたいことが伝わった。ぼくらだって同じ疑問を持っていたから。
なんで、どうして、ここにいるの、
「なんでって、ぼくはハルカちゃんのボディーガードだよ」
サザナミが何気ない声で答える。もちろん、レイが求めている答えはそんなものではないだろう。
サザナミはそれだけ言うと、自分には関係ないと思ったのかすっと身を引くと近くにあった木に寄りかかった。
「レイ、」
ぼくは掠れる声で名前を呼ぶ。
「なんだ」
レイの声も緊張していた。
「そこは、誰のお墓なの?」
その問いかけにレイの唇は震えたけれど、音を発することはなくて彼はただそっと視線を逸らした。
ぼくはそんなレイに焦れたように墓に駆け寄ると、墓石に刻み込まれた名前を見た。
"haruka sakuragi"
そこにはしっかりと彼女の名前が刻み込まれていた。
「どうしてっ、」
ぼくは混乱と怒りを滲ませてレイを睨んだ。
どうして、ここにいるの!
どうして、彼女を知っているの!
どうして、そんな哀しそうな顔で彼女の墓石を見つめているの!
「どうしてっ!」
答えをくれないレイにぼくは大声を張り上げる。しかし、それでも答えようとしないレイにぼくは冷静さを欠いて、彼に掴みかかった。
「なんとか言えよっ!レイッ!」
青みがかったグレイの瞳がぼくを見つめる。きれいな瞳が今はひどく冷たい色をしていて、その奥には哀しみが揺らいでいた。
「……なんでっレイがそんな顔してるんだよっ!」
胸座をつかまれたレイの顔が苦しそうに歪む。それでもぼくは手を離すことができなくて、乱暴にレイを揺すった。
「……、彼女は、」
押し殺したような声がレイから発せられる。ぼくは揺する手を止めて、続く言葉を待つ。レイの瞳がまっすぐにぼくを見据えた。
「……彼女は、オレが、殺したんだっ、」
「…ッ!?」
衝撃がぼくを貫く。
すべての機能が停止するようにぼくは固まった。
カノジョハオレガコロシタンダ、
言葉が意味を持ってくれない。レイは今なんて言った?
カノジョハオレガ殺シタンダ、
オレが殺したんだ!
ぼくは彼の言葉を飲み込んだ。力の抜けた手がレイの胸からずるりと落ちた。
「どうして、」
無意識のうちに言葉がこぼれた。
呆然とするぼくをレイは静かに見つめて、しばらくすると淡々と言葉を紡ぎ始めた。
哀しい響きを隠しながら。
next