「ハルカちゃーん……っと、違った、」

 響いてきた声にぼくは苦笑した。朝からこの人のテンションは高すぎだ。

「イオリです」
「そうそう、イオリちゃん」
「……ちゃん付けはやめてください、」
「えー。やっぱり女の子みたいな名前だし、ちゃんでいいよ」

 はぁ、とぼくはため息を吐く。この人にはなにを言っても無駄だった。諦めろということだろうか。

「ところで、サザナミさん。何の用ですか?もう、朝食なら食べ終わってますけど?」

 ぼくの物言いにサザナミは複雑そうな顔をする。

「なんか、あしらいかたがレイくんに似てきたね、」
「……やめてください。ぼくあんなに口悪くないですよ」

 そう反論するも、サザナミは「ぼくはすごく悲しい」と言いながら泣きまねをしはじめていて聞いてなどいなかった。いい加減うざい。

「おい、そろそろ出かけるぞ……って、おまえがなんで居るんだよ、」

 すると、ぼくの気持ちが通じたようなタイミングでここの家主が現れた。そして、サザナミを目にするとあからさまに嫌そうな顔をした。

「レイくん、おはよう!」
「…………帰れ」
「あはは〜あいかわず冷たいねぇ」

 やっぱりぼくは悲しい、サザナミはそう言うと手で顔を覆った。ぼくとレイはそんなサザナミを無視することにした。

「レイ、仕事のほうは大丈夫なの?」
「ああ、明日でもいいってさ」
「そっか。じゃあ行こうか」

 ぼくはそう言うと、レイと一緒に玄関へ向かう。それに気付いたサザナミがすかさずぼくらのほうへ近づいてくる。

「おや、どこか出かけるのかい?」

 さっきまでの泣きまねなどなかったように、さらりとした様子で問いかけてくる。ぼくとレイは目を合わせて苦笑した。ん?とサザナミは首を傾げている。本気でわかってないのだとしたらこの人最強かも。ぼくは今度こそ本当に笑った。

「え、なに?どうかしたかい?」
「いいえ。なんでもありませんよ」
「そう、で?どこいくの?」

 サザナミはどうしても聞き出したいらしい。ぼくはなんだかおかしくて仕方なかった。

「墓参りですよ、」
 
 ぼくはそう言ってきれいに微笑んだ。

 

 今日はハルカの1周忌である。ぼくはレイに無理を言って墓参りに一緒に行ってもらうことにした。仕事を延期させてしまったのは本当に申し訳ないと思う。
 ぼくとレイと、案の定着いてきたサザナミは並んで歩いた。交わされる言葉は多くはなかったけれど、心地よい沈黙だったからぼくは気にならなかった。
 この間来たばかりなのに目に映る町並みは、どこか違って見えた。やはり少し哀しい風景だし、彼女との思い出がぼくをつらくもさせた。でも、大切にしたいと思った。愛しいすべてを大切にしたいと。

「あ、レイ、ちょっと花屋さん寄ってもいい?」

 ぼくは彼女がよく行っていた花屋を見つけて立ち止まる。

「ああ、好きにしろ」
「うん、ちょっと行ってくる」

 花屋に着いたぼくは迷わずに花を買った。顔見知りだった店員のおばさんに声を掛けられて少しびっくりしたけど、ぼくはちゃんと笑って応えらえたと思う。

「お待たせ」

 花束を抱えたぼくをレイは一瞥すると歩き出した。

「スノードロップだね、」

 サザナミがぼくの花束を覗き込んできた。

「え、ああ、はい」
「きれいだね」

 サザナミがにっこりと微笑む。

「ええ、大切な人が好きだった花です」

 ぼくは花束を大事に抱え直して、笑った。



 はじまりを知らないぼくらはただ終わりばかり探していた。
 やさしくてかなしい終焉を探していた。
 ぼくらは決して幸せなどではなかった。
 世界はやさしくなどなく、運命はいつも残酷で、
 神様はいつもぼくらを裏切ってばかりだ。
 
 それでも、絶望は光ってみせる。
 ぼくらを生かそうとする。

「ハルカ、ぼくはもう少し生きてみるよ」

 ぼくは光が降り注ぐ墓石の前に花束を置く。

「だから、きみは見守っていて、」

 ああ、空が青く広がっている。

「もう一度ぼくらが会うときまで、」

 運命はかなしいね、
 ぼくらは出会ってしまった。
 だから、さよならを言わなくちゃ。

 ハルカ見て、

 絶望がきらめいて、まるで、希望みたいだ。














あとがき