「好きなんだ、付き合ってくれないか?」
 
 そう告げた人は少し照れたように視線を地面に落とした。彼は有名な先輩らしい。らしい、というのはわたしが呼び出しをされたときにクラスメイトがそう騒いでいたのを耳にしたからだ。
 わたしは目の前に立つ人を知らない。
 彼は照れいたけれど、どこか自信ありげで、まさかわたしが告白を断るわけないと思っているようだ。
 わたしはどうやら異性に好かれる性質らしい。告白された回数が曖昧になるくらいにはモテる。だけどそれは不本意なことでしかない。
 学校生活におけるわたしに貼られたイメージはどれも嘘くさくて、薄っぺらだ。告白してきた人にどうしてわたしが好きなのかと訊いたことがある。
 「かわいい」「大人っぽい」「魅力的」「きれい」「etc」……
 そんな理由で人は誰かを好きになるのだろうか。わたしはろくに会話を交わしたことない彼らがわたしに好意を寄せてくるのがよくわからなかった。
 はたしてこの人たちはどうしようなく胸が締め付けられる思いを知っているのだろうか。

「ごめんなさい」

 わたしはできるだけ申し訳無さそうにしおらしく決まりきった台詞を告げる。彼はなぜか驚きの顔を浮かべて「とりあえず、付き合ってみるっていうのは?」と食い下がった。
 とりあえずで付き合ってあげるほど、わたしは安くないし、暇でもないんだけど。わたしは内心でそう思いながらも、ごめんなさいと繰り返す。

「どうして、オレじゃダメなの?」

 どうしてって、好きじゃないのよ。

「ごめんなさい……わたし他に好きな人がいるの」
「……誰だよ」

 少しきつめの口調で先輩は聞いてきた。わたしはその問に答える気はなかったので、ごめんなさいと言って深くお辞儀した。もう先輩の顔を見たくなかったから。
 そんなわたしの態度に先輩はつまらなそうに小さく舌打ちをすると、そこから立ち去っていった。
 残されたわたしは顔を上げた後に大きなため息を吐いた。

 わたしには好きな人がいる。
 その人のことを考えると胸が苦しくなる。だけど、気づけば思いを馳せてしまう、考えずにはいらない。大人でちっともわたしの思い通りにならない人。
 わたしとその人には14歳の年の差がある。それは高い高い壁のようであり、深い深い溝のようでもある。
 
 ああ、会いたいなぁ、

 最近、忙しいらしくまともに顔を合わせていない。会話なんて1週間にゴミ当番のことでしたのが最後だ。
 一瞬少し前のことを思い出して避けられているのだろうか、と思う。だが、すぐさまそれを振り払う。薫はあの時わたしが泣いたことをちゃんと覚えているだろうから、避けるとこはないだろう。現に毎日走り書きのメモがキッチンの机に置かれいる。

 薫に告白してから3ヶ月。一応、両思いなのかなと思える展開だったけど、あれから特に進展はない。
 まぁ、薫が"中学生のわたし″に手を出すなんて思ってないけれど。
 それでも、今まで通りではせっかく勇気を振り絞ってした告白が報われないではないか。
 早まったのかなぁ、と思う。
 本当は高校生になるまで言うつもりなんてなかった。だけど、薫の後輩の七瀬さんが「そろそろ結婚しないんですか?」と、薫に言うものだから、思わず焦ってしまったのだ。
 恋人がいないことはなんとなく分かっていたけど、それでも、子どものわたしがあの人に追いつこうとしている間に誰かが浚ってしまうかもれいない。そう思ったら居ても立ってもいられなかった。

 だって、どう足掻いたって時間は止められないのだ。











「遅かったのね」
 
 教室に戻ると親友のまどかが本を読みながらわたしの帰りを待っていた。わたしはその姿に不安や苛立ちでギスギスしたいた感情が和らいでいくのを感じた。

「うん、しつこくて。ほんと嫌になっちゃう」
「ふふ、断ったのね?」

 まどかの揶揄するような問いに、わたしは肩を竦めてみせる。わたしの思い人を唯一知っている彼女にはそれで十分な答えになる。

「あぁあー…、どうして本当に好きな人とは上手くいかないんだろう……」

 さっきの先輩も、わたしも。

「あら、両思いになったんじゃないの?」
 
 すごく喜んでいたじゃない、そう付け足したまどかの言葉にわたしは3ヶ月前を思い出す。確かにわたしは薫と両思いにってすごく浮かれていて、まどかに思いきり抱きついた。
 嬉しくて、嬉しくて、世界で一番幸せだと思った。

「うまくいってないの?」

 黙り込んでしまったわたしに落ちた影をまどかが感じ取り、問い掛ける。
 
「うまくは、いっているけど……」

 けれど、それ以上を望むのは贅沢なのだろうか。
 今の状態が不満なわけではないし、それ以上なんて正直に言えば怖いのだ。でも、なにか漠然と不安だった。
 もしかしらた3ヶ月前の出来事は夢だったのかもしれないとすら思ってしまう。
 怖くて、不安で、確かなものが欲しかった。
 だって、わたしはまだ子どもだから。
 
「……藍らしくないわね、」

 再び黙り込み視線を落としてしまったわたしにまどかの声が降りそそぐ。声に反応して視線をまどかに向けると、彼女は開いていた本をパタンと音を立てて閉じた。
 そして、ふふと笑みを浮かべて。

「どーんといってしまえばいいのよ」

 そう言いきった。その表情は普段の大人しく真面目なものでなく、悪戯をたくらむ子どもみたいな顔だった。
 わたしはまどかが時々見せるその表情がすごく好ましくて、なんだかワクワクしてしまう。そして、今回も同じように心が弾んでいく。

「……うん、そうだね。どーんといってしまうか!」
「ええ、いってしまいなさい」

 薫が大人というバリアで壁を作るならば、わたしは子どもという武器でその壁をぶち壊してやればいい。
 わたしとまどかはにやりと笑い合う。

「大丈夫よ藍。薫さん押しに弱そうだし」
「うん、だよね!わたし頑張るよ!」
「ふふ、頑張って」

 かわいい、かわいいと言われるこの容姿はたった一人のために使わなければ意味などないのだ。

 みてろよ、かおる!










*オマケ*


「ハックシュッ」
「日高先輩、風邪すか?」
「……いや、違うと思う」
「はは、じゃあ誰かが噂でもしてんじゃないすか?先輩恨み買ってそうですもんねー」
「はぁ?んなわけあるか」
「そうですかー?先輩どっかで女泣かせたりしてないすか?」
「……………」
「え、あったんですか?」
「………いや、ない」
「なんすか、それ!意味深ですよ!先輩いつの間に彼女できたんですか!?」
「……彼女なんかいねぇよ」
「ええー!先輩嘘ついてますね。その反応は嘘です」
「嘘じゃねぇよ。いないもんはいない」
「水臭いじゃないですか!教えてくださいよ!」
「うるせーいねぇっつってんだろ!」

(中学生と付き合ってるなんて言えるか!!!!)






091026
まぁ、犯罪ですからねぇー
でも藍ちゃんはがんばるらしいです。
……薫、どんまい