「まぁこはふわふわでぬっこくていいなー…」
「にゃー」
「おりゃおりゃくすぐりの刑だ!」
「にゃーん」

 久々に再会したきみは少しだけ痩せていたが、それ以外は特に以前と変わらったところもなかった。相変わらずのぼんやりとした笑みを浮かべて「ひさしぶり…」と言われたときは、安堵と歓喜、それからわずかな照れ臭さを感じた。最初はためらいながら話したり笑ったりしていたが、昼食の後、お決まりの本屋やCD屋や服屋などをブラブラと歩きながらくだらない話をして、早めの夕食を酒を飲みながら居酒屋で済ました頃にはすっかり、気まずさは払拭されていた。そして、今きみはぼくの家でまぁこと戯れながらくつろいでいる。

「ほら、お茶」
「ん」

 きみはお茶にもぼくにも見向きもせずにまぁこに夢中だ。まぁこもまぁこで久々に会ったきみに最初こそ警戒していたくせに、一撫ででデレっとしやがった。今では無防備に服従のポーズでお腹を撫でられている。
 正直おもしろくない。

「はぁーまぁこまじかわいい。つれてかえりたい……だめ?」
「……だめ」

 きみがわずかに瞳をうるませてぼくにねだるが、ぼくは素っ気なくNOと言う。まぁこ居なかったら遊びに来ないだろと思ったからだが、当然口になど出さない。きみはそんな気も知らず、けち、と言って口をとがらす。

「まぁーこーすーきーだー」

 きみがまぁこをぎゅううううと抱きしめると、そのままごろんと仰向けに寝転んだ。胸の上にはまぁこがぐてっと乗っかっている。「あったかいなあまぁこふとん」ときみは何やらご満悦の様子だが、まぁこは居心地がわるいのか、にゃっと短く抗議の声を上げる。だが、きみは気にした様子もなくさらにぎゅううううと抱きしめる。

「こら、まぁこが嫌がってるだろ」
「いーやー、まぁこと寝るのー」

 どこの駄々っ子だ。ぼくは呆れてため息を吐く。どうやら酔っぱらっているらしい。酒飲むのひさびさ、と言っていたから、酔いも早いのだろう。目元もほんのり赤く染まり眠そうである。

「寝るならまぁこ離しなさい」
「いーやー」
「いやじゃないから」
「むー…」

 再びまぁこをぎゅううっとする。すると、さすがにまぁこも耐えられなくなったのかまるっとした体を捻って暴れ出す。しばらくきみとまぁこの攻防が続いたが、まぁこが最終兵器の爪を軽く立てたことにより勝負はついた。にゃん!と文句の一声を置いてまぁこはお気に入りのクッションの上に戻っていった。

「あー…あー…おれのまぁこぉー」
「おまえのじゃないから」
「あー…うー…」

 きみは未練がましく唸っているがぼくは無視をして、いつ眠ってもおかしくない酔っぱらいのために布団を押入れから引っ張り出す。すると、それを横になったまま見ていたきみがしぶる声を上げた。

「ちょっとー何してんの?」
「何って……布団出してる」
「いいよーそんなの出さなくて」
「なに、床で寝る?」
「ちがう。一緒にねる」
「……は?」

 ぼくは何を言ってんだというようにきみを呆然と見つめるが、きみは気にした風もなく、もぞもぞと動くとぼくのベッドに這い上がってそのまま布団に潜り込んだ。そして、壁際に体をできるだけ寄せると、開いたスペースをポンポンと手で叩いた。

「ん!」

 ん、じゃねぇよ……ぼくは大きなため息を吐く。きみは酔ったとろんとした瞳でぼくの方を見ていた。ぼくは一瞬もういっそどうにかなっちゃえばいいのか?と血迷ったことを思ったがすぐにその考えを振り払う。無理だぜったいに無理だ。女の子の方が数百倍いい!
 ぼくは再びため息を吐くときみの存在を一時脳内から振り払うとせっせと布団を引き始める。もちろん、ぼくのために。

「もーなんだよー…いっしょにねようよーまぁこのかわりにいっしょにねてよー」

 聞こえない、ぼくにはなんにも聞こえない。そんなぼくを不憫に思ったのか、またはバカにしたのかは定かではないが、まぁこがにゃあーと鳴いた。きみは未だに「いっしょにねろ、ねるんだ、ねるべきだ、ねねさい」などとブツブツと言っていたが気にしないことにした。
 電気を一番小さい光にしてから、敷いた布団に潜り込むと、久々に出した布団はどこかかび臭い気がして、眉をひそめる。しかし、今更こっちの布団で寝ろと言ったところできみは聞かないだろう。

「……はぁ、おやすみ、」

 ため息交じりにやっと静かになったきみに小さくつぶやく。反応がないので寝たのだろうと思い目をつむると、もぞりと寝返りを打つ音が聞こえた。

「きょーはありがと」

 小さな、布団越しなのかもごもごとした声が耳に届いた。空耳だろうかとわずかに体を起こして、きみの元を覗き込むが、きみは慌てて壁側に寝返ってしまってその顔を見ることは叶わなかった。
 ぼくはなぜか瞳がにじむのを感じたが、これはきっとかび臭い布団のせいだと思うことにした。ぼくは様々な思いを噛みしめた後、もう一度眠りの言葉をきみに贈る。

「……おやすみ」
「……おやすみ……まぁこ…」
「ふはっ」

 まぁこかよ!とぼくは内心でつっこみながら小さく笑った。きみが隣でバカなことを言っている。それだけで、今日はすべてを許せそうな気がした。かび臭い布団で寝るのも悪くない。
 たとえばこの扉の向こうが不幸であふれていたとしても、この部屋の中だけはなにものにも犯されず穏やかにひたすら幸福のようだと思った。
 きみがいて、まぁこがいて、そして、ぼくがいる。なにも特別なことはなくても、これ以上の幸せはないだろう。
 
 ――やっぱり一緒に寝ればよかったかなあ

 ぼくはバカなことを考えながらとても幸福な眠りについた。






110925
ただのらぶらぶばかっぷる。