天才は死んだ
わたしはとても側にいたのに
その息が細くなる瞬間に気づかなかった
かなしいと云ったのか
さよならと云ったのか
あるいは、憎いと云ったのか
あるいは、なにも云わなかったのか

天才は殺された
わたしが守ることができなかったから
誰の目に触れることもなくひっそりと消えた
その名を明かすこともなく
夜のもとに還ることもできず
最期まで朝を知ることもなく
だだひっそりと消えた

天才は生きている
わたしの中でじっとしている
死に時を失い、疲れ果て
それでもなお生かされている
ナイフ、毒薬、首吊り、飛び降り、
あらゆる手段で死をおびき寄せてもうまくいかない

天才はなにも云わない
わたしを慰めることもなく
抱きしめることもなく
ただ、そこにいる
時折、微睡んだような微笑みをして
そっと涙を誘う

わたしは生きている
そして、一際あざやかだった夜のことを憶う
空っぽな涙を流しながら




110804