きみは出逢ったときから
生命を感じさせない人だった
くちなしの香りをまとって
死んだように生きていた

ぼくはそれを心底羨ましいと思った

触れ合った指先は冷たくて
陶器のように綺麗だった
浮かべられた微笑は作り物めいていて
人間らしさなどひとつもないようで

やはりぼくはそれを羨ましいと思った

なんでぼくはこうも浅ましくて欲まみれで
まるで人間みたいに醜いのだろうか

それに比べてきみは、

きっと美しいまま死んでいくのだろう
一呼吸するような容易さで
消えてなくなるのだろう

(いいな、いいな、いいなあ、)

17歳の春のこと。


それから半世紀後
ぼくはきみと再会する

きみは変らず確かに美しかったけど
浮かべられた微笑の
目尻の皺が悲しくて
触れ合った指先の冷たさに
ぼくはいっそう悲しくなって

どうしてあの時この手をしっかりと握り締めてあげなかったのか、と

心底後悔した

(今からでも遅くないだろうか、)

冬がなくなった春のこと。




090913